大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鳥取地方裁判所 平成元年(ワ)186号 判決

原告

甲野一郎

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

被告指定代理人

富岡淳

外九名

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六三年七月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇万円の担保を供するときは、右執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

一請求

(第一事件)

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年七月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成二年一月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、鳥取刑務所に在監中の原告が、鳥取刑務所長のした原告から庄司宏弁護士及び原告の継母甲野春子宛信書の発信の不許可処分につき(第一事件)、また原告の提起していた各訴訟に関する法廷での書面等の提出及び携行並びに訴訟記録の閲覧の各不許可処分につき(第二事件)、それぞれ違法な措置であり、右各処分により精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料(及び不法行為後から支払済みまでの遅延損害金)の支払いを求めている事案である。

二当事者間に争いのない事実

1  原告の地位

原告は、昭和六〇年一一月五日、東京地方裁判所において懲役四年の判決を受け、同月二八日、東京拘置所に収監された。そして、右刑の確定後、同拘置所から鳥取刑務所に移送され、昭和六一年一〇月二二日から同刑務所において右刑の受刑者としての処遇を受け、平成二年五月一六日に右刑の執行を終了し、翌一七日、同刑務所を出所した。

2  弁護士宛信書不許可処分について

原告は、昭和六三年四月二八日、鳥取刑務所の処遇に関して一五の国家賠償請求を国を被告として東京地方裁判所に提起するために、東京在住の庄司宏弁護士(以下「庄司弁護士」という。)宛の訴訟代理人依頼書一部と委任状一部の特別発信を願い出たところ、鳥取刑務所長は、同年五月二日、これを許可しない処分をした。

3  親族宛信書不許可処分について

原告は、昭和六三年六月二四日、継母甲野春子を通じて次の要旨の同人宛信書の発信を願い出たところ、鳥取刑務所長は、その内容が不適当であるとしてこれを許可しない処分をした。

(1) 看守から暴行を受けて右耳を傷め、難聴になったこと

(2) 右(1)の右耳、首及び腰痛につき、刑務所外での自費治療を出願していること

(3) 救援連絡センターの庄司弁護士もしくは事務局長山中幸男への以下の内容の伝言依頼

① 弁護士宛信書不許可処分による訴訟妨害のこと

② 右(1)のこと

③ 右(1)の件につき告訴状の作成・発信が妨害されていること

(4) 鳥取弁護士会人権擁護委員長弁護士高橋敬幸宛に同封の人権侵害救済申立書を発信してもらいたいこと

(5) 鳥取地方検察庁検事正谷口好雄宛に同封の告訴状を発信してもらいたいこと

4  書面提出不許可処分について

(一) 原告は、平成元年四月二七日午後二時三〇分に開廷が予定されていた鳥取地方裁判所昭和六二年(行ウ)第六号、同第七号、同第八号行政処分取消等請求事件(以下「行政事件」という。)の第一〇回口頭弁論期日に呼出しを受けていたが、右同日に出廷するに当たり、上申書四部・訴訟記録の謄本交付請求申立書一部・収入印紙九四五〇円分・切手一二四二円分を携行して裁判所に提出することを願い出たところ、鳥取刑務所長は、右同日、これらを許可しない処分をした。

(二) 原告は、同年五月一七日午前一一時に開廷が予定されていた広島高等裁判所松江支部昭和六三年(ネ)第一〇五号事件(以下「第一〇五号事件」という。)の第二回口頭弁論期日において、同月一五日に証人尋問請求申立書(一)二部等の書面の裁判所への提出をも願い出ていたところ、鳥取刑務所長は、右同日、これらを許可しない処分をした。

5  出廷携行不許可処分について

鳥取刑務所長は、右(一)における出廷以後、出廷後に当たって携行する物品につき、出廷前日の午後四時二〇分までに提出させ、提出しない場合はこれを受け付けない取扱いとして原告に告知していたところ、原告は、以下の(一)ないし(三)のとおり、予め呼出しを受けていた口頭弁論期日への出廷に当たり、書類等物品の携行を願い出たが、鳥取刑務所長は、いずれも右(二)の所定時刻まで当該物品を提出しなかったために検査不能としてこれを許可しない処分をした。

(一) 同年七月二七日、同年一〇月五日及び同年一一月三〇日の午後三時一五分に開廷が予定されていた行政事件の第一一ないし一三回口頭弁論期日について

(1) 第一一回口頭弁論の際、訴状三部ほか六七点の書面、模範六法ほか書籍一冊、筆記用具等の同年七月二四日付け出願

(2) 第一二回口頭弁論の際、訴状三部ほか六九点の書面、模範六法ほか書籍一冊、筆記用具等の同年一〇月二日付け出願

(3) 第一三回口頭弁論の際、訴状三部ほか四四点の書面、模範六法ほか書籍一冊、筆記用具等の同年一一月三〇日付け出願

(二) 平成元年一一月九日午後一時三〇分に開廷が予定されていた本件第一事件の第二回口頭弁論期日について、訴状一部ほか二七点の書面、筆記用具等の同年一〇月三〇日付け出願

(三) 平成元年五月一七日午前一一時に開廷が予定されていた広島高等裁判所松江支部昭和六三年(ネ)第一〇五号事件(以下「第一〇五号事件」という。)の第二回口頭弁論期日について、訴状一部ほか三一点の書面、書籍、筆記用具等の同月一六日付け出願

6  訴訟記録閲覧不許可処分について

原告は、平成元年五月一五日、第一〇五事件の第二回口頭弁論期日出廷の際、訴訟記録を閲覧したい旨願い出たところ、鳥取刑務所長は、これを許可しない処分をした。

三争点

1  本件各処分の適法性の有無

(一) 弁護士宛信書不許可処分について

(原告の主張)

受刑者が自己の権利救済を図るべく、訴訟準備のために弁護士と信書の発受をすることは、監獄法四六条二項ただし書により当然認められているところ、本件は、原告が、刑務所内で受けた権利侵害の救済を図る訴訟準備のため弁護士宛に信書を発信しようとしたものであって、同項ただし書により当然認められるべき信書の発受を不許可処分にしたものであるから、鳥取刑務所長の右処分には裁量権を逸脱した違法がある。

(被告の主張)

受刑者の非親族に対する信書の発受は原則として禁止され、受刑者の権利救済に必要な場合など特段の事情があるときは、鳥取刑務所長において、その裁量により許可することができる(監獄法四六条)と解されているところ、原告は、すでに別件の訴訟において弁護士松本光寿を訴訟代理人として選任しており、右弁護人との間の信書の発受はすべて許可されているのであるから、鳥取刑務所長は、本件の願い出にかかる新たな訴訟追行に関しても右弁護士に依頼すれば足り、本件の信書の特別発信を特に認める必要がないと判断して不許可処分をしたのであることから、鳥取刑務所長の右処分には裁量権濫用、逸脱の違法はない。

(二) 親族宛信書不許可処分について

(被告の主張)

受刑者と親族との信書の発受は原則として許され(監獄法四六条一項)、鳥取刑務所長が不適当と認めるものに限りこれを不許可とすることができるところ(同法四七条一項)、本件の信書の名宛人は親族であるが、その内容の大部分は、当該名宛人に対して第三者への伝言及び第三者宛文書の発信を依頼するものであるから、これを許可することは、親族を介して非親族との信書の発受を認めることになり、監獄法四六条二項が親族以外の者との信書の発受を原則として禁止している趣旨を没却することになる。それに、人権侵害及び告訴は、右名宛人を介するまでもなく直接申し立てることができるうえ、刑務所内の生活をわい曲するなどの記述があることを考慮すると、鳥取刑務所長がした親族宛信書不許可処分には裁量権の濫用、逸脱はなく違法とはいえない。

(原告の主張)

信書の内容は原告の生命・身体の安全にかかわる権利救済上のものであるうえ、鳥取刑務所が監獄法四七条の運用基準として作成した受刑者生活の心得の第5「外部交通」、2「手紙」(5)にも抵触することはないものであるから、右信書を不許可とした鳥取刑務所長の処分は違法である。

(三) 書面提出及びに出廷携行に関する各不許可処分について

(被告の主張)

受刑者の法廷での書面(収入印紙・切手)提出及び出廷時の書類等の携帯の許否に関しては、監獄法に規定がなく、その逃走等の事故防止や物品の適正管理の観点から監獄の長である鳥取刑務所長の自由裁量に委ねられているところ、同所長は、収入印紙・切手等の金券及び提出書面については、授受につき後日トラブル等が生じやすいこと、郵送によっても提出できること等の理由からいずれもこれを不許可にし、携行書類等については、出廷前日の午後四時二〇分までに携行する書類等を提出させ、具体的な検査を経た上で携行を許可する扱いにしてその旨原告に告知していたが、原告は、いずれも右所定の時刻までに提出せず、検査できなかったためこれを不許可としたものである。

したがって、鳥取刑務所長の右判断には合理性があるから、右各不許可処分には裁量権濫用、逸脱の違法はない。

(原告の主張)

原告が法廷での書面提出及び出廷時に携行を願い出た書類等は、いずれも鳥取刑務所長の許可を得て作成、所持していたものや過去に提出及び携行が許可されたことがあるものばかりであるから、これを許可しないのは、原告の訴訟活動を妨害する違法がある。

(四) 訴訟記録閲覧不許可処分について

(被告の主張)

受刑者の訴訟記録閲覧については、監獄法に規定がなく、受刑者の管理責任がある監獄の長の鳥取刑務所長の自由裁量に委ねられているところ、裁判所への往復時間、閲覧時間等を考えると警備上支障があるうえ、訴訟記録が必要であれば、謄写もしくは謄本請求が郵送でも可能であることからこれを不許可としたものである。

したがって、鳥取刑務所長がした第二事件に関する各不許可処分は裁量権濫用、逸脱の違法はない。

(原告の主張)

鳥取刑務所長が出廷時における原告の訴訟記録の閲覧を認めないのは、原告の訴権を侵害した違法がある。

2  本件各処分による原告の損害の有無

原告は、違法な本件各処分により精神的苦痛を被った(金銭に換算すると少なくとも後記記載の金額となる。)旨主張し、被告は、仮に本件各処分により原告に精神的苦痛を伴うことがあったとしても、受刑者として当然受忍すべきものであるから、これをもって直ちに慰謝すべき損害が発生したということはできない旨主張する。

第一事件

弁護士宛信書不許可処分 七〇万円

親族宛信書不許可処分 三〇万円

合計一〇〇万円

第二事件

書面提出不許可処分二つ 各一〇万円

出廷携行不許可処分五つ 各一五万円

訴訟記録閲覧不許可処分 五万円

合計一〇〇万円

第三争点に対する判断

一争点1(本件各処分の違法性の有無)について

1  弁護士宛信書不許可処分について

受刑者は、非親族への信書の発信を原則として禁止されているが、刑務所長は、受刑者の教化改善に資する場合のほか権利救済に必要な場合には、「必要ありと認むる場合」としてこれを許可することができる(監獄法四六条二項ただし書)と解されている。

本件は、前記認定のとおり、原告が、鳥取刑務所内において不当な処遇を受けたとして一五件の国家賠償請求を国を被告として東京地方裁判所に提起するため、東京在住の庄司弁護士に対し、訴訟代理人依頼書一部と委任状一部の信書特別発信を願い出たところ、鳥取刑務所長がこれを不許可にしたというものである。したがって、本件のように受刑者が弁護士に対して訴訟委任をするような場合は、受刑者の性向、行状、刑務所内の管理、保安状況その他具体的事情のもとにおいて、当該信書の発信を許すことにより、受刑者に教化改善上好ましくない影響を与えたり、刑務所内の規律秩序の維持上放置することができない程度の障害を生ずる相当の蓋然性がある場合を除いて、「特に必要ありと認むる場合」に該当すると解すべきである。ただし、右障害を生ずる相当の蓋然性が存するかどうか、及びこれを防止するためにどのような程度の制限措置が必要と認められるかについては、刑務所内の実情に詳しい刑務所長の具体的状況下における裁量的判断に待つべき点が少なくないから、右判断に合理性が認められる限り、刑務所長がした右制限措置には裁量権逸脱の違法はないというべぎてある。

そこで、本件で、鳥取刑務所長の判断に裁量権の範囲を逸脱する違法があったかどうかを検討する。

原告においても、その申立てに理由があるか否かを問わず、少なくとも不当な処遇による権利救済を求めて裁判所に訴えを提起する権利があることは当然であるから、その準備活動として弁護士に対し、その訴訟委任を依頼すべく信書を発信することは、前記したような障害が生ずる相当の蓋然性が認められない限り、これを制限することは許されない。

ところが、被告は、この点につき、信書の発信を許可することで前記した放置できない程度の障害を生ずる相当の蓋然性に関する具体的な主張を積極的に行わず、むしろ、前記一五件の国家賠償請求につき、原告が別件の訴訟代理人としてすでに選任している鳥取市内在住の松本光寿弁護士に依頼すれば足り、本件の信書にはその発信の必要性が認められないから、これを不許可にした鳥取刑務所長の判断には合理性がある旨主張する。しかしながら、本件信書の発信を制限する根拠である前記事情を認めるに足りる証拠がなく、他に制限を認める積極的理由も認められない。また、およそ訴権を行使、追行するうえでどの弁護士を訴訟代理人として選任するかは原告の判断に委ねられるべきものであって、刑務所長がその人選にまで干渉することは許されないというべきである。しかも、原告は、前記のとおり東京地方裁判所に訴えを提起するため東京在住の庄司弁護士に訴訟を依頼しようとしたものであり、その意味では訴訟追行の便宜を考慮して右弁護士を訴訟代理人として選任しようとしたものとも考えられるから、鳥取刑務所長の前記措置は、原告の具体的訴訟追行権にも制約を及ぼすものであり、その意味でも被告の右主張には理由がない。

以上によれば、原告が本件の弁護士宛信書を発信することは、原告の権利救済上必要なものとして監獄法四六条二項ただし書の「必要ありと認める場合」に該当するものというべきであり、鳥取刑務所長が右信書を不必要とした判断は原告の権利救済を求めての訴権を不当に侵害する合理性を欠いたものであって裁量権濫用ないし逸脱があったものと認めざるを得ない。

よって、鳥取刑務所長がした弁護士宛信書不許可は違法である。

2  親族宛信書不許可処分について

受刑者は、親族との信書の発受を原則として許されている(監獄法四六条一項)が、受刑者の刑の執行を確保し、併せてその教化改善を図るという行刑目的を達成する上で不適当と認めるものは、刑務所長がこれを不許可にすることができると解されている(同法四七条一項)

本件においては、前記認定のとおり、原告の親族である継母甲野春子宛に前記要旨の信書を願い出たが、鳥取刑務所長は、右信書内容の大部分が第三者への伝言及び第三者宛文書の発信を依頼するものであるから、これを許可すると、親族を介して非親族との信書の発受を認めることになり、監獄法四六条二項が親族以外の者との信書の発受を原則として禁止している趣旨を没却することになること、人権侵害及び告訴は直接申し立てることができること、右信書の内容には所内の生活をわい曲するなどの記述があることなどを考慮してこれを不許可にしたことが認められる(〈書証番号略〉)。

確かに、前記親族宛信書中、人権侵害救済申立書及び告訴状の発信依頼部分については、原告は甲野春子を介しなくても直接人権侵害救済及び告訴の各申立ての特別発信を願い出ることができるのであるから、鳥取刑務所長が右部分に関して発信を認める必要性がないと判断したことについては、被告主張のとおり合理性があり、右判断に裁量権濫用、逸脱を認めることはできない。

しかしながら、その余の信書内容のうち、まず、庄司弁護士等への伝言依頼部分については、前記認定事実及び証拠(〈書証番号略〉)によれば、原告は、鳥取刑務所内で一五件の人権侵害を受けたとして国家賠償請求の訴訟委任を依頼した前記信書が不許可になり庄司弁護士等に右内容が伝えられなかったためやむを得ず、親族の甲野春子を通じて庄司弁護士へのそれを伝達しようとしたことが認められる。そして、鳥取刑務所長が右庄司弁護士宛信書を許可していれば、原告は、右甲野春子を通じて庄司弁護士等への右伝言依頼を行う必要がなかったことからすれば、前記1に認定した弁護士宛信書不許可処分が違法である以上、庄司弁護士への伝言依頼部分に関しても、原告としては自らの正当な権利を行使するため必要な行為であったと認められるから、これを不許可にした鳥取刑務所長の措置は違法性を帯びるというべきであり、この点に関する被告の主張には理由がない。

また、看守の暴行により傷めた右耳、首及び腰痛の刑務所外での自費治療の出願等に関する部分については、原告が看守から暴行を受けた事実などはそれが虚偽であるとすれば不適切であるといえるが、右事実の虚偽性はこれを認めるに足りる証拠はないから、右記述をもって一概に不適切なものとまでは認められない。また、右内容には、刑務所外での自費治療が許可になった際の治療代の送金依頼の内容が記載されており(〈書証番号略〉)、これを不適切であるとして拒むのは原告が治療を受ける機会を不当に奪うことにもなりかねない。したがって、前記行刑目的に照らしてみても、この部分を不許可にする合理的理由は見出せず、したがって、この点に関する被告の主張にも理由がない。

以上によれば、鳥取刑務所長がした親族宛信書不許可処分のうち、人権侵害救済申立書及び告訴状の発信依頼部分を除いた庄司弁護士等への伝言依頼部分及び看守の暴行により傷めた右耳、首及び腰痛の刑務所外での自費治療の出願等に関する部分については、これを違法であるといわざるを得ない。

3  書面提出及び出廷携行に関する各不許可処分について

(一) 受刑者の裁判所への書面(収入印紙・切手)提出及び出廷時の書類等の携帯の取扱いに関しては、監獄法に規定がなく、刑務所長による裁量に委ねられているから、鳥取刑務所長は、受刑者の逃走等の事故防止や物品の適正な管理という点から事前に携行物品を検査するなど適宜な措置を採り得ると解される。

(二) まず、行政事件の第一〇回口頭弁論にかかる原告の願い出のうち、収入印紙・切手等の金券については、鳥取刑務所長は、その授受に関するトラブルが発生し易いこと、郵送によっても提出できることを考慮して不許可にした。しかし、それ以外の提出書面については、事前に検査を実施した上でこれを許可することにしていたところ、出廷直前の午後零時三五分ころ、突然、原告が腹痛を訴えて用便に赴き、一時間以上も便座に座ったままで居房から出房しようとせず、検査を実施できなかった。そのため、原告が願い出た裁判所への提出書面につき予定していた検査が実施できず、しかも後日郵送でも提出が可能であると判断して不許可にしたものであることが認められる(〈書証番号略〉)。その後、平成元年五月一日、鳥取刑務所長は、出廷直前に願い出があった携行・提出書類等の検査が十分実施できないような不測の事態を考慮して検査に万全を期するために、前記認定のとおり、携行書類等については、検査のため出廷前日の午後四時二〇分までに提出させ、提出がなければ、これを受け付けない取扱いとし、裁判所への提出書面については、携行提出を認めず、郵送で提出させる取扱いにすることをそれぞれ決めて、同月一〇日に原告に告知したことが認められる(〈書証番号略〉)。そして、前記認定のとおり、鳥取刑務所長は、右取扱いに基づいて、原告が願い出た裁判所への提出書面については、これを許可せず、郵送提出し、裁判所への携行物品については、原告が所定の時刻に提出しなかったため、検査不能を理由にこれを許可しなかったことが認められる(〈書証番号略〉)。

(三) そこで、右事実を前提に検討するに、まず、金券及び裁判所への提出書面については、被告主張のようにその授受を明確にしておかないと後日授受をめぐってトラブルが発生するおそれがないとはいえないし、そもそも郵送によってもその目的を充分果たすことができることから、法廷での提出を一律に許可せず、すべて郵送提出にする扱いにしたことは、受刑者の訴訟追行権を害さない限度において受刑者の所持する物品の適正な管理を図ったものというべきである。したがって、鳥取刑務所長のこの点に関する判断は合理性があり、違法ということはできない。

(四) その余の携行書類等の不許可処分については、鳥取刑務所長は、これまでどおり直前に検査をしていたのでは、不測の事態を生じた場合に、短時間の慌ただしい検査を強いられることになって事故の可能性が増大することを憂慮し、ある程度余裕をもった検査を実施できるようにするために、前記認定した携行書類等の取扱いを定めたのであるから、かかる取扱い自体は、受刑者の物品管理上の責任を負う立場の鳥取刑務所長としては合理性がある適法な措置であるというべきである。そして、原告は、前記認定のとおり、事前に右取扱いについて告知を受け、それを十分承知していたのにもかかわらず、右所定の時刻までに願い出の携行物品を提出せず、鳥取刑務所長をして当該物品の検査不可能としたのであるから、同所長が検査不能を理由にした不許可処分を違法ということはできない。

なお、原告は、携行、提出を願い出た書類等は鳥取刑務所長の許可を得て作成、所持するものであったり、過去の出廷において許可されているものばかりであるから、検査するまでもなく許可すべきである旨主張するが、検査は事故防止、物品の適正管理上その都度実施しなければ、意味がないものであるから、原告の右主張には理由がない。

4  訴訟記録閲覧不許可処分について

受刑者の訴訟記録閲覧に関しても、監獄法に規定がなく、刑務所長の裁量に委ねられているところ、原告は、一五分程度の短時間で訴訟記録の閲覧を願い出たが、鳥取刑務所長は、原告が出廷する広島高等裁判所松江支部は、原告が当時在監中の鳥取刑務所から往復に約七時間を要すること、訴訟記録の閲覧時間を考えると長時間になるおそれがあって警備上支障が生ずるおそれがあること、訴訟記録が必要であれば、郵送により謄写もしくは謄本請求が可能であることを理由にこれを不許可にしたことが認められる(〈書証番号略〉)。

そこで、右事実を前提として検討するに、確かに、原告は、一五分程度の短時間で訴訟記録の閲覧を願い出たのであるが、鳥取刑務所長としては、受刑者である原告の身柄につき重大な責任を負っていることからして、その警備上の観点から閲覧を制限したとしてもやむをえないものといえるし、閲覧を認めなくても、被告主張のように郵送による謄写もしくは謄本請求によりその目的を達することができるのであるから、鳥取刑務所長の右判断をもって直ちに合理性を欠いた裁量権濫用、逸脱の違法があったとまでは認めることができない。

二争点2(本件各処分による原告の損害の有無)について

原告は、鳥取刑務所長がした弁護士宛信書不許可処分と親族宛信書不許可処分により違法に信書の発信を制限されたことで精神的苦痛を受けたものと認められ、右精神的苦痛を慰謝するには、弁護士宛信書不許可処分に関して金一〇万円、親族宛信書不許可処分に関して金一〇万円の合計二〇万円とするのが相当である。

三以上によれば、原告の請求は、第一事件の請求のうち損害額二〇万円の限度で理由があるから、これを認容し、第二事件の請求についは理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官前川豪志 裁判官曳野久男 裁判官佐々木信俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例